東京都議会で起こった女性議員に対するやじ問題が先週から大々的に取り上げられている件について。報道の状況を注視しつつ、年齢も近い同じ女性議員として度々新聞記者(平成26年6月24日・京都新聞朝刊掲載)や市民の方々を含め、ご質問を受けることも多かったため、私の見解を述べたいと思います。
今回の問題は大きく分けて、セクハラに関わるやじであったことと、やじそのものの在り方についての2点であると捉えています。その上で、私が在籍する京都市議会においてはこの3年間の経験上、セクハラまがいのやじは耳にしていないものの、やじの質や内容については疑問を感じているため、後者のやじそのものの在り方について問題視しています。
そもそも議会中のやじは「不規則発言」と呼ばれ日本の議会では明確なルールは特にありません。ですが、議会というのが政策を議論する場である以上、その内容は政策的な見解の相違を述べることに限られるべきです。しかし、残念ながら現在の京都市議会では個人への攻撃、嘲笑、議会運営そのものの否定に繋がるものなど、威圧的な発言が多いことは否定できません。私が3年前に初当選し、新人議員として初めて本会議に出席した際、議場に響き渡る質の低いやじに驚かされたことを鮮明に覚えております。傍聴に来られた方も驚かれるはずです。やじによって理事者(行政側)からの答弁が聴き取りにくい場面もある程で、他会派に対して言われている発言であっても不快感を覚えることが頻繁にあります。
そういった意味で、今回のセクハラまがいのやじも、都議会での日常的な雰囲気の中で起こってしまったのではないでしょうか。議会は、市民の大切な税金を使い、市民生活の向上のために議論する場であることを考えれば、品位に欠けるこのような傾向は改めるべきです。
今回の都議会での件を見ると、改めてやじ自体が議事録に残らない不規則発言と言えども、問題と思われる発言が飛べばすぐに壇上からマイクを通して指摘する(議事録に残す)、または会派の議員から議事進行を掛けてもらうなどの手段が必要だろうと感じます。
いずれにせよ、今回の東京都議会での騒動を皮切りに、この流れを変える機会になる事を強く望みます。
京都市議会議員 江村理紗